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横浜地方裁判所 昭和59年(ワ)2705号 判決

第一事件原告兼第二事件被告 髙橋博

〈ほか一名〉

右両名訴訟代理人弁護士 玉田郁生

同 花輪達也

第一事件被告兼第二事件原告 島田邦雄

右訴訟代理人弁護士 村上寿夫

第二事件被告 内田文雄

主文

一  第一事件被告兼第二事件原告島田邦雄は

(一)  第一事件原告兼第二事件被告髙橋博及び同髙橋早苗に対し別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地につき横浜地方法務局厚木支局昭和五九年一月一七日受付第九五三号所有権移転請求権仮登記

(二)  第一事件原告兼第二事件被告髙橋博に対し同目録記載(三)の建物につき同支局同日受付第九五二号所有権移転請求権仮登記

の各抹消登記手続をせよ。

二  第二事件被告内田文雄は第一事件被告兼第二事件原告島田邦雄のため別紙物件目録記載(四)の土地につき農地法三条の許可申請手続をせよ。

右許可がなされたとき、右内田文雄は右島田邦雄に対し同土地につき同支局同日受付第九四九号所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をせよ。

三  第一事件被告兼第二事件原告島田邦雄のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用は第一事件被告兼第二事件原告島田邦雄と第二事件被告内田文雄との間においては、右島田邦雄に生じた費用の二分の一を右内田文雄の負担とし、その余は各自の負担とし、右島田邦雄と第一事件原告兼第二事件被告髙橋博及び同髙橋早苗との間においては全部右島田邦雄の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

(第一事件)

一  請求の趣旨

1 被告島田邦雄は、

(一) 原告髙橋博及び同髙橋早苗に対し別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地につき横浜地方法務局厚木支局昭和五九年一月一七日受付第九五三号所有権移転請求権仮登記

(二) 原告髙橋博に対し同目録記載(三)の建物につき同支局同日受付第九五二号所有権移転請求権仮登記の各抹消登記手続をせよ。

2 訴訟費用は被告島田邦雄の負担とする。

3 第2項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1 原告髙橋博及び同髙橋早苗の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告髙橋博及び同髙橋早苗の負担とする。

(第二事件)

一  請求の趣旨

1 被告髙橋博及び同髙橋早苗は原告島田邦雄に対し別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地につき横浜地方法務局厚木支局昭和五九年一月一七日受付第九五三号所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をせよ。

2 被告髙橋博は原告島田邦雄に対し別紙物件目録記載(三)の建物につき同支局同日受付第九五二号所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をせよ。

3 被告内田文雄は原告島田邦雄のため別紙物件目録記載(四)の土地につき農地法第三条の許可申請手続をせよ。

4 右許可がなされたとき、被告内田文雄は原告島田邦雄に対し右土地につき同支局同日受付第九四九号所有権移転請求権仮登記に基づく本登記手続をせよ。

二  請求の趣旨に対する答弁(被告髙橋博及び同髙橋早苗関係)

1 原告島田邦雄の請求をいずれも棄却する。

2 訴訟費用は原告島田邦雄の負担とする。

第二当事者の主張

(第一事件)

一  請求の原因

1 第一事件原告兼第二事件被告髙橋博及び同髙橋早苗(以下単に、髙橋博、髙橋早苗という。)は別紙物件目録記載(一)及び(二)の土地(以下「本件土地」(一)及び(二)という。)を所有し、髙橋博は同目録記載(三)の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。

2 第一事件被告兼第二事件原告島田邦雄(以下単に、島田邦雄という。)のため本件土地(一)及び(二)には横浜地方法務局厚木支局昭和五九年一月一七日受付第九五三号所有権移転請求権仮登記が、本件建物には同支局同日受付第九五二号所有権移転請求権仮登記がなされている。

3 よって、島田邦雄に対し、髙橋博及び髙橋早苗は本件土地につき右仮登記の、髙橋博は本件建物につき右仮登記の各抹消登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否

1 請求の原因1の事実は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3は争う。

三  抗弁

1 髙橋工務店こと訴外髙橋誠は昭和五九年一月一九日島田邦雄から金二〇〇〇万円を借受けた。

2 訴外髙橋誠又は神奈川管財こと訴外渡邉年信は前同日髙橋博及び髙橋早苗のためにすることを示し本件土地(一)及び(二)を、また、髙橋博のためにすることを示し本件建物を、それぞれ前記借入金債務の担保に供するため、島田邦雄との間で仮登記担保契約を締結し、昭和五九年一月一三日付売買予約を原因とする前記仮登記手続を了した。

3 髙橋博及び髙橋早苗は、そのころ、訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信に対し、右担保権設定の代理権を授与した。

4 右の代理権の授与が認められないとしても、

(一) 髙橋博及び髙橋早苗は本件土地(一)及び(二)につき、また髙橋博は本件建物につき、売買契約締結に関する代理権を訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信に授与した。

(二) 訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信の前記2の行為は髙橋博及び髙橋早苗の代理権の範囲を超えるものであったとしても、島田邦雄は訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信が右行為をなすにつき代理権を有していると信じたものであり、かつ、そのように信ずるにつき正当な理由がある。即ち、訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信は本件土地(一)及び(二)の権利証、本件建物の権利証、髙橋博及び髙橋早苗の印鑑登録証明書及び委任状を所持していたうえ、訴外髙橋誠や訴外渡邉年信の話によって訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信が真実代理権を有すると信じた。

5 右の民法一一〇条の表見代理が認められないとしても、髙橋博及び髙橋早苗は本件土地(一)、(二)及び本件建物に関する権利証及び印鑑証明書並びに実印を押捺した委任状を交付して訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信に対し代理権を授与した旨表示したので民法一〇九条の表見代理が成立する。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1の事実は不知。

2 同2のうち、島田邦雄のために同人の主張する仮登記の存することは認め、その余の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実は否認する。

5 同5の事実は否認する。

(第二事件)

一  請求の原因

1 訴外髙橋誠は昭和五九年一月一三日島田邦雄から金二〇〇〇万円を借受けた。

2 訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信は前同日髙橋博及び髙橋早苗のためにすることを示し、本件土地(一)及び(二)を、また髙橋博のためにすることを示し本件建物をそれぞれ前記借入金債務の担保に供するため、島田邦雄との間で仮登記担保契約を締結し、昭和五九年一月一三日付売買予約を原因とする前記仮登記手続を了した。

3 髙橋博及び髙橋早苗はそのころ訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信に対し右担保権設定の代理権を授与した。

4 右の代理権の授与が認められないとしても、

(一) 髙橋博及び髙橋早苗は本件土地(一)及び(二)につき、また髙橋博は本件建物につき、売買契約締結に関する代理権を訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信に対し授与した。

(二) 訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信の前記2の行為は髙橋博及び髙橋早苗の代理権の範囲を超えるものであったとしても、島田邦雄は訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信が右行為をなすにつき代理権を有していると信じたものであり、かつ、かく信ずるにつき正当な理由がある。即ち、訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信は本件土地(一)及び(二)の権利証、本件建物の権利証、髙橋博及び髙橋早苗の印鑑登録証明書及び委任状を所持していたうえ、訴外髙橋誠や訴外渡邉年信の話によって訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信が真実代理権を有すると信じた。

5 右の民法一一〇条の表見代理が認められないとしても、髙橋博及び髙橋早苗は本件土地(一)、(二)及び本件建物に関する権利証及び印鑑証明書並びに実印を押捺した委任状を交付して訴外髙橋誠又は訴外渡邉年信に対し代理権を授与した旨表示したので、民法一〇九条の表見代理が成立する。

6 訴外渡邉年信は第二事件被告内田文雄(以下単に、内田文雄という。)のためにすることを示し、別紙物件目録記載(四)の土地(以下「本件土地」(四)という。)を前記1の借入金債務の担保に供するため、島田邦雄との間で仮登記担保契約を締結し、昭和五九年一月一三日売買予約を原因とする、横浜地方法務局厚木支局昭和五九年一月一七日受付第九四九号所有権移転請求権仮登記を了した。

7 島田邦雄は昭和五九年五月一〇日髙橋博及び髙橋早苗、内田文雄に対し本件各土地建物の売買予約完結の意思表示をした。

8 本件各土地建物の見積価額は次のとおりである。

(一) 本件土地(一)、(二)のうち本件建物敷地部分 一八〇七万三〇〇〇円

(二) 本件建物 六八一万一五〇〇円

(三) 本件土地(一)、(二)のうち右(一)を除く底地 四九五万一〇〇〇円

(四) 本件土地(四) 一二〇七万五〇〇〇円

9 島田邦雄の訴外髙橋誠に対する債権額は二〇〇〇万円である。右債権に対する弁済としてはまず内田文雄所有の本件土地(四)によって清算すべきところ、右土地の価額は前記のとおり右債権額に満たないので、内田文雄に対しては支払うべき清算金はない。

右の清算の後に存する島田邦雄の債権は七九二万五〇〇〇円であり、前記(一)ないし(三)の価額の差が髙橋博及び髙橋早苗に支払うべき清算金である(本件土地(一)、(二)は髙橋博及び髙橋早苗の共有であり、本件建物は髙橋博の単独所有である。右各不動産についてどのように清算するかによって、両名に支払うべき清算額は異なるが、島田邦雄はこれを明確に主張しない。)。

10 島田邦雄は、髙橋博及び髙橋早苗に対し昭和六一年一二月一二日(又は同六二年一月三〇日)付準備書面をもって、また、内田文雄に対し同六一年一二月一二日付準備書面をもって仮登記担保契約に関する法律二条所定の通知をした。

11 よって、島田邦雄は、右通知到達の日から二か月の経過をもって本件各土地建物の所有権を取得したので、髙橋博及び髙橋早苗に対して清算金の支払と引換えに本件土地(一)及び(二)につき、また、髙橋博に対し、清算金の支払と引換に本件建物につき、更に内田文雄に対し本件土地(四)につき、それぞれ仮登記に基づく本登記手続を求める。

二  請求の原因に対する認否(髙橋博及び髙橋早苗関係)

1 請求の原因1の事実は不知。

2 同2のうち、島田邦雄のために同人の主張する仮登記の存することは認め、その余の事実は否認する。

3 同3の事実は否認する。

4 同4の事実は否認する。

5 同5の事実は否認する。

6 同7の事実は認める。

7 同8の事実は否認する。

8 同9は争う。

9 同10の事実は認める。

10 同11は争う。

第三証拠《省略》

理由

(第一事件)

一  請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  抗弁について判断する。

1  《証拠省略》によれば抗弁1の事実が認められる。

2  抗弁2のうち島田邦雄のために、同人主張の仮登記の存することは当事者間に争いがない。右争いのない事実に《証拠省略》によれば訴外髙橋誠は昭和五九年一月一三日髙橋博及び髙橋早苗のためにすることを示し本件土地(一)及び(二)を、また、髙橋博のためにすることを示し本件建物を、それぞれ訴外髙橋誠の島田邦雄に対する前記借入金債務の担保に供するため、右各不動産につき仮登記担保契約を設定したことが認められ、右認定を覆するに足りる証拠はない。

3  島田邦雄は髙橋博及び髙橋早苗が訴外髙橋誠に対し右仮登記担保契約設定のための代理権を授与した旨主張するが、証人渡邉利男の右主張に副う趣旨の供述は《証拠省略》と対比すると、採用しがたく、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

4  島田邦雄は民法一一〇条の表見代理の基本代理権として髙橋博及び髙橋早苗が訴外髙橋誠に授与した売買契約締結に関する代理権を主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

5  また島田邦雄は同様に髙橋博及び髙橋早苗が訴外渡邉年信に対し売買契約締結に関する代理権を授与した旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。かえって、《証拠省略》によれば、髙橋博及び髙橋早苗は昭和五八年一月一二日訴外有限会社神奈川管財(代表取締役渡邉年信)に対し本件土地(一)、(二)及び本件建物を三〇〇〇万円で売渡していること、本件仮登記担保設定当時右売買代金の支払は未了であったことが認められ、右事実によれば髙橋博及び髙橋早苗は昭和五九年一月当時訴外渡邉年信に対し売買契約に関する代理権を授与する必要はなかったものと認められる。

なお、《証拠省略》によれば、同人は昭和五九年一月一三日ころ同人及び髙橋早苗の登記簿上の住所を変更するために、訴外渡邉年信に対し登記申請用委任状を交付したこと、髙橋博及び髙橋早苗がかかる委任状を交付したのは、訴外渡邉年信から前記売買契約にもとづく所有権移転登記手続をなす前提として髙橋博及び髙橋早苗の登記簿上の住所を変更する必要がある旨告げられたからであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、登記申請行為は公法上の行為であるから、右行為に関する代理権は表見代理の成立要件たる基本代理権であるとは認めがたいけれども、右の行為が私法契約上の義務の履行のためになされたものであるとき、右行為に関する代理権を基本代理権と解すべきである(最高裁判所昭和四六年六月三日第一小法廷判決・民集二五巻四号四五五頁参照)。そして、私法契約上の義務の履行のためになされる登記申請とは権利に関する登記申請に限るべく、登記名義人の表示の変更その他表示に関する登記申請は含まないものと解すべきである。

前認定のとおり髙橋博及び髙橋早苗が訴外渡邉年信に授与した代理権は登記名義人の表示の変更登記申請に関するものであるから、右によれば、民法一一〇条の表見代理の成立要件たる基本代理権と解することはできない。

したがって、島田邦雄の民法一一〇条に関する主張はその余の点を判断するまでもなくいずれも理由がない。

6  髙橋博及び髙橋早苗が訴外髙橋誠に代理権を授与した旨表示したと認めるに足る証拠はないし、訴外渡邉年信に対しても、前認定のとおり登記名義人の住所変更のために登記申請用委任状を交付し、印鑑登録証明書を交付した(《証拠省略》により認めることができる。)のみであるから、これをもって、代理権授与の表示をしたと認めることはできない。

三  右によれば、島田邦雄の抗弁はいずれも理由がなく、髙橋博及び髙橋早苗の請求はいずれも理由があるので認容すべきである。

(第二事件)

四 請求の原因1ないし5に対する判断は第一事件の抗弁1ないし5に対する判断である、理由二1ないし6と同一であるから、ここに引用する。

右によれば、島田邦雄の髙橋博及び髙橋早苗に対する請求はその余の点を判断するまでもなく理由がないので棄却する。

五 内田文雄に対する請求について

内田文雄は適式の呼出しを受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面を提出しないので、島田邦雄主張の請求原因事実を明らかに争わないものと認めこれを自白したものとみなす。

右によれば島田邦雄の内田文雄に対する請求は理由があるから認容する。

六 よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文を適用し、なお訴訟費用につき仮執行宣言を付するのは相当でないので、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡邊昭 裁判官 青山邦夫 青木晋)

〈以下省略〉

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